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zoom RSS 悪霊の正体〜悪魔とは(追記あり)

<<   作成日時 : 2015/06/02 15:21   >>

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聖書には悪魔や悪霊の話が何回も出てきます。
イエスや使徒たちが、悪霊にとりつかれている人の悪霊を追い出したり、病気をいやしたりする話しを記事にしてみようと思い、途中まで書いたところで、「悪霊の正体」(ハワード・ピットマン著)という本を読み、悪魔と悪霊がどんな存在なのか詳しく知ることができました。
悪魔とは誰か、悪魔の目的は何なのか、悪霊の正体について書いてみたいと思います。



聖書全体はイエス・キリストについて証しをするものですが、イエスがこの世に来たのは、サタンを裁いて滅ぼし、すへての人(イエスを信じた人たち)を救うためにに来たのです。

聖書のエフェソ人への手紙6:11にこうあります。「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」

人間はいつもサタンや悪霊たちに付け狙われているので、「神の武具」を身につけなければ簡単にやられてしまうのです。
神の武具とは、
すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、 平和の福音の備えを足にはき、 その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。 また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。 絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、エペソ人への手紙 6:14-18

霊的な存在である悪魔や悪霊から見ると、実際に胸当てや盾や兜や剣を身につけているように見えるそうです。だからイエスを信じていない人は武具を何もつけていない状態なのです。


人が罪を犯すとき、そこには必ず悪魔や悪霊がいます。
殺人、姦淫、盗み、偽り、同性愛、憎しみ、戦争、暴力、悪口、恨み、妬み、いじめ、淫行、不品行、不信仰、薬物、自殺、貪欲などなど。悪魔や悪霊がどのような存在なのかを知ることは、これらの罪を犯さないためにも必要なことだと思います。


まず、悪魔ですが、聖書の中でいろいろな名前で呼ばれています。

「告発者、敵対者、底なしの穴の使い、ベルゼブル、ベリアル、アバドン、アポリオン、この世の神、悪霊どもの頭、殺人者、古い蛇、空中の権の君、この世の君、暗闇の支配者、サタン、蛇、邪悪な者、死をつかさどる者、全人類を惑わす者、竜。」

エフェソ2:2「この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、」

悪魔はこの世の支配者であり、全人類を惑わす者なのです!

4:5更に、悪魔はイエスを高く引き上げ、一瞬のうちに世界のすべての国々を見せた。4:6そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。

ヨハネの手紙1 2:16なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、生活のおごりは、御父(父なる神)から出ないで、世(悪魔)から出るからです。

サタンは最初から悪魔だったわけではなく、天使の一人でした。
神はたくさんの天使を創造しましたが、ミカエル、ガブリエル、ルシファーの三人の天使に、他の天使より大きな力を与えました。

ルシファーはとても美しい天使でしたがだんだん高慢になり、神をねたむようになりました。自分が神のようになりたいと思ったのです。ルシファーは天使たちをそそのかし、その3分の1が彼に付き従うようになりました。
神と天使たちの居場所である天にいられなくなり、地(この世)に落とされました。

サタンは現在もこの世にいますが、次元の壁を越えた「第二の天」という所にも行き来しています。
「第一の天」は地球の大気圏です。第二の天はその上の星々がある宇宙です。
神の御座は「第三の天」にあります。
そこは天使たちと地上で亡くなった聖徒たちの居場所でもあります。
ハワード・ピットマンは、霊の状態で第二の天に連れて行かれたそうです。


悪魔の目的は何なのでしょうか。

マルコ4:15に「そこに御言葉が蒔かれ、それを聞いても、すぐにサタンが来て、彼らに蒔かれた御言葉を奪い去る。」とあります。
人が神のみ言葉(福音)を聞いても、悪魔に奪い取られてしまうことがあるのです。

第2コリント4:4 「この世の神(サタン)が、信じようとはしないこの人々の心の目をくらまし、神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしたのです。」

悪魔は人の心を盲目にして、神の言葉を理解できないようにします。
神の存在を信じない人が大勢いますが、悪魔の策略によると言っていいでしょう。

一部のユダヤ人やイスラエル人に関しては、神がその心をかたくなにされたのでイエスを信じようとしません。彼らはすべての異邦人が救われてからイエスを信じて救われます。



悪魔の目的は、神と人間を切り離してしまうことです。自分が神にとって変わり、人間に崇拝されたいのです。


せっかくイエス・キリストが世に来られて、死と復活によってサタンに勝利し、十字架で流された血によって人間の罪を洗い清めてくださり、永遠の命を与えてくださるのに、天国に行けるようにしてくださったのに、その福音が人々の心に届かないのです。

福音が全地に宣べ伝えられるまで、サタンが活動することは神によって許されています。福音が全地に宣べ伝えられ、天のエルサレムが整えられて、天使のラッパが吹き鳴らされる時、イエス・キリストが再臨して、罪のないクリスチャンと墓の中に眠っている聖徒たちが空中に引き上げられます。その時には聖霊も一緒に引き上げられます。それは一瞬の出来事です。

コリント人への手紙1 15:52最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。
テサロニケ人への手紙1 4:16すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、4:17それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。

その時から地上でのサタンの支配が本格的になります。反キリストが現れて地球全体を支配し、全ての人の手か額に666という刻印を押すことを強制します。その印がないと物を売ったり買ったりできなくなるのです。
しかしその刻印を押された人はみな、サタンと共に滅ぼされるのです。
その期間はあまり長くはありません。
ヨハネの黙示録13:16?18また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。

それから新しい天と新しい地が始まります。サタンが支配していたこの世は過ぎ去るのです。
マタイの福音書24:14そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」



神は、神の形に似せてアダムとエバをお創りになり、2人をエデンの園に置かれました。彼らは神と親しい交わりを持っていました。そこに悪魔である蛇が現れて2人をそそのかしました。2人は神の戒めを破り、サタンの言葉を信じて善悪を知る木の実を食べてしまいました。
それを知った神は怒り、2人をエデンの園から追い出し、神を見ることも神と話すこともできなくなりました。そして人間は死ななければならなくなったのです。

善悪の判断ができない幼子は、天国に行きます。

人間というのは本来、大いなる存在、神なる存在を追い求める性質があるように思います。

サタンは神の言葉を奪ったり、理解できなくして、真理をおおい隠してしまいました。
そのため人は真の神を信じられなくなり、サタンが作った偽物の神や偶像を信じてしまうようになったのです。

悪魔は嘘つきで、人殺しで、愛はなく、真理もありません。

悪魔は人に罪を犯させて死ぬようにしたのです。

人が神を信じないで、あるいは信じていても罪を犯したまま死ぬと、その人の魂は陰府(よみ)に落とされます。「滅びる」というのは地獄に落とされるということです。永遠に地獄の中で火に焼かれるのです。地獄は地球の中心部にあり、真っ暗闇で、水は一滴もありません。休息もありません。永遠に火で焼かれ続けるのです。これ以上恐ろしいことはありません。
生きていた時と同じように、見たり聞いたり話したり痛みを感じたりするそうです。
人は死後、裁きのために蘇り、もう一度体も復活して朽ちない体になります。
朽ちない体のまま天国か地獄に行くのです。


サタンは第二の天で彼の政府を持っており、大勢の悪霊たちに対して支配的序列と命令網があるそうです。


ピットマンは神の特別なミッションの下、天使の護衛付きで第二の天に行き、悪霊たちの活動を見てきました。

長くなるので「悪霊の正体」については次の記事に書きたいと思います。



以前「携挙が大艱難の末期に起こる」と書いてしまいました。
携挙が起こる時期については大艱難の前に起こる説と中頃に起こる説と末期に起こる説があります。
どの説を読んでも正しいようなことが書いてあるので分かりにくいのですが、今のところ、大艱難の前に起こるというのが正しいような気がします。いろいろ迷走してしまい申し訳ありません。

聖書の預言によると、携挙がいつ起こってもおかしくない時期に来ているそうです。
携挙がいつ起こるか父なる神しか知りません。




 

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