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zoom RSS エホバの証人と話す(1)

<<   作成日時 : 2015/12/11 16:30   >>

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2015年11月10日火曜日10時30分 晴れ
エホバの証人のOさんとMさんが家に来た
今日は少し話が長くなりそうなので、玄関先ではなく庭のガーデニングテーブルのほうに案内した。
日差しも暖かく、鳥の声も聞こえて気持ちが良かった。
こないだ来た時に約束していた「神からの良い知らせ」という小冊子の「亡くなった人にも希望がありますか」というところを読む。

ここは特にエホバの証人と大きく食い違うようなことはないかなと思ったがそうでもなかった。

エホ証の人と話題にしてはいけないことが3つあるらしい。
「地獄」「霊魂不滅」「三位一体」
この3つはいくら議論しても平行線らしい。そのことを知らずに、地獄と霊魂不滅をすでに話題にしてしまった。だから今日、地獄と霊魂不滅についての話しが出た。私が天国と地獄の存在を信じているので、地獄はないことと魂は永遠ではないことを知ってほしいようだ。

イエスがラザロを生き返らせた場面で、マルタは亡くなった人が復活することを知っていた。ヨブ記14:14を読んで旧約の時代の人たちも復活することを知っていたことを確認する。

ダニエルの預言にもある。
12:2 「多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り/ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。」


亡くなった人はどうなるのか。
聖徒たちは天国に行く。未信者は陰府に行く。
陰府と地獄は違う。
陰府には複数の場所がある。善人が住まう慰めの場所や、悪人がいる苦しみの場所などがある。
陰府は地の下にあって広く深い。

陰府にいる人にもう一度キリストを信じるセカンドチャンスがあるらしい。
陰府も生前の行いによっては地獄のような燃える火にさいなまれるように苦しまなければならないようだ。地獄は火と硫黄の燃える火の池だ。


地獄(陰府?)を見てきた人によると、クリスチャンなのに地獄に落ちた人の魂は悪霊たちの憎悪の的となりメチャクチャ痛めつけられる。クリスチャンでない人の魂もメチャクチャ痛めつけられるが憎悪はされない。
とにかく地獄ほど恐ろしい場所はない。

イザヤ11:7 あなたは神を究めることができるか。全能者の極みまでも見ることができるか。
イザヤ11:8 高い天に対して何ができる。深い陰府について何が分かる。
イザヤ26:5 亡者たち、陰府の淵に住む者たちは/水の底でのたうち回る。
知恵の書9:18 そこに死霊がいることを知る者はない。彼女に招かれた者は深い陰府に落ちる。

陰府には亡者や死霊がいると書かれている。地獄を見てきた人によると、そこには様々な悪霊たちがいて死んだ人の魂を痛めつけている。地獄ほど恐ろしい場所はないと思うが、陰府もそうなのだろうか。
キリストが再臨すると死と陰府は地獄に投げ込まれる。

地獄は地球の中心に近い場所にありとても熱い所らしい。
陰府が地獄に投げ込まれると水が蒸発して渇いた熱い場所に変わるのだろうか?


確かヨハネの黙示録によると、キリストが再臨した時に、まず亡くなった聖徒たちが復活する。
次に生きている聖徒たちが携挙されてキリストを出迎える。
ハルマゲドンの戦いでキリストと共に戦って反キリストの軍勢に勝利する。
反キリストとサタンと悪霊が獄につながれる。
地上に千年の間平和な世界が築かれて、ハルマゲドンで生き残った人々をキリストと共に治める。
千年たつとまたサタンとすべての悪霊が解き放たれて人々を惑わし戦いがある。
最終的にサタンと悪霊どもは火の池に投げ込まれ二度と出てこれなくなる。
陰府にいた人たちが復活してきて裁かれる。
セカンドチャンスでキリストを信じた人は永遠の命を得るが、その他の人たちは火の池に投げ込まれる。
その後で新しい天と新しい地になり、天のエルサレムが下りてくる。

クリスチャンは「天のエルサレム」でキリストと共に王として地を支配するるが、エホ証は、キリストと共に支配するのは144,000人だけだと言っている。そこも大きな違いだ。
(このクリスチャンというのは、真のクリスチャンであって、洗礼を受けただけで神の戒めを守らない人や教会に通ってるだけの生ぬるいクリスチャンではないでしょう)

この「14万4千人」がネックになっている。それ以外の「地的クラス」は霊の賜物もなく、神の子でもなく、神の国の住民でもなく、神との交わりもなく、救われてもいないという。
また悪霊も追い出せないし、病も癒せないという。それはイエスの時代のクリスチャンしか出来ないという。
そんなことはない。現在でもクリスチャンは悪霊を追い出したり病気を癒したりすることができる。時には死んだ人を生き返らせることさえできるクリスチャンもいる。(イエス・キリストの御名の権威によりクリスチャンはサタンや悪霊に勝てますが、聖書に精通していない人が見よう見まねでやるとかえって最初より悪くなることがあります)
もしそれをサタンの力でやっているなどというなら、聖霊を冒涜することになり許されない罪をおかすことになる。


実際は「14万4千人の天的クラス」だって「地的クラス」と変わりはしない。偽預言者の組織のメンバーに過ぎないのだから。

エホ証の人たちは「地獄」と「霊魂不滅」を否定する。人は死ぬと霊は神のもとに帰り魂は滅びてしまうという。

ペテロの手紙前にこう書いてあるが。
3:19 そして、霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。3:20 この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました
3:21 この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。

十字架につけられて死んだキリストは陰府に下り、ノアの時代に死んだ人々に宣教したのだ!

ここは普通に読めば死んだ人の霊に宣教したととれるのだが、ものみの塔の解説によると、人は死ぬと魂は滅んでしまうから、この霊は「み使いたちの霊」だという。ノアの時代に天に住んでいた神の子たちが地上に降りてきて肉体をつけ、人間の女との間に子供をもうけたのだが、それは良くないことだったので獄に繋がれていたのだ。その霊たち(邪悪な霊たち)に宣教した、というより裁きの宣告をしたのだという。邪悪な霊たちの末路は地獄と決まっているから宣教ではなく宣告なのだという。

陰府に人の霊がいるわけないと始めから決め付けているからそう解釈せざるを得ないのだ。


牧師で聖書解説者の久保有政氏によると
 キリストは、陰府に行って、そこで「宣教された」と聖書は述べます。
 「宣教された」のギリシャ原語ケーリュソーは、新約聖書ではつねに「福音を宣教する」の意味で使われています。たとえば、「御国の福音を宣べ伝え」(マタ四・二三)、「神の国を宣べ伝え」(ルカ九・二)などです(使徒九・二、ロマ一〇・八、・コリ一・二三、ガラ二・二、第二テモ四・二、他)。
 そのほかにも数多くあります。ある人々は、このギリシャ語は「断罪する」(罪を責める)の意味だといいますが、そのような意味で使われている個所は、聖書中、一か所もありません。つねに、神の温かい御教えを人々に宣べ伝えるという意味で使われているのです。

そして4章には、4:6 死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです。


「死んだ者にも福音が告げ知らされた」と書かれているが、霊的に死んでいる者という意味にもとれるし、福音を聞いて死んだ人ともとれる。後の文章からするとやはり福音を聞かないで罪のうちに死んだ人という意味にとれそうだ。

エホ証は地獄はないという。私は最近、天国と地獄に行ってきた人の話を読んで、地獄はあるんだなと思っている。第一、聖書に書いてあるから地獄は本当にあるのでしょうね。
エホ証の聖書には「地獄」という言葉は書いてない。ゲヘナ、火の湖というのは出てくる。

黙示録に「命の書に名前がのっていない人は火の池に投げ込まれる」という1節があるけどと聞いてみたら、火の池というのは本当の事ではなくて比喩ですよと言われた。聖書にはよく比喩的に表されることが多いですよねと。
エホバの証人はよく比喩を使う。比喩にしなければ説明できないことが多いのだろう。


エホ証の人と聖書について話すときはなるべく、自分の考えではなく、聖書にはこう書いてありますと言うようにしている。しかし、聖書解釈が違っているのだからいくら聖書にこう書いてあると言っても意味がないか。
聖書は自分勝手に解釈してはいけないと聖書に書いてありますよと言っても、統治体のやることに間違いはないと信じているのだから、それも意味ないか。

エホ証は、「聖書は自分一人ではいくら読んでもわからない。ものみの塔という組織の統治体のメンバーだけが聖書を正しく解釈できる」と教えられている。だから多分私がいくら聖書にこう書いてありますよと言ったって、聞く耳を持たないかもしれない。

ヨハネ16:13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。

クリスチャンは神の霊を持っている。いつも聖霊が一緒にいてくださる。その霊が真理を悟らせてくださる。自分一人では全く理解できないということはない。中には聖書を読んでも全然わからないという人もいる。聖書の理解には個人差があるし、徐々に解ってくることもある。
わからない時には聖書に詳しい人の解説を読むと理解が深まる。その解説が聖書の真理から逸脱していないか注意しなければいけない。


エホバの証人はマインドコントロールされているから何を言っても無駄かもしれないが、ちょっとでも洗脳を解くヒントを与えてあげられるかもしれない。聖書を読みながらものみの塔の間違いを指摘したり、「マインドコントロールされている」「預言がいつもハズれる」ということを話しておけば、少しは疑問を感じるのではないか。


最近はエホバの証人もタブレットを使う。今日来た二人もタブレットを持っており、ものみの塔のwebページ開いていた。エホ証の聖書や出版物などを見たり検索できて便利だ。
私も前もって次にやるところを予習できたり先回りして調べることができるので気持ち的に余裕が持てる。しかし調べれば調べるほど気分が悪くなる。
エホバの証人がタブレットを使うのはjwのweb pageを見る時だけだろうか。インターネットであれこれ調べることは禁止されていると書いてあったが。

エホバの証人は井の中の蛙のように、他のクリスチャンのことを何も知らない。他のクリスチャンはあまり聖書を読まないし詳しく知らないと思っている。また自分たちだけが宣教活動をしていると思っている。他のクリスチャンは何もしていないから真のクリスチャンではない、自分たちこそが真のクリスチャンなんだと思っている。
宣教師が世界中で宣教活動をしていることを知らないのだろうか?宣教師でなくても機会があれば家族、親戚、知り合いに聖書の話しをしている。

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